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西村公朝が結ぶ仏との縁

西村公朝が結ぶ仏との縁

“愛宕念仏寺”の復興に尽力した、前住職の西村公朝氏は、
彫刻家であり、坊様であり、仏像修理所の技師でもありました。

 

そういう方に、荒れ果てた寺の復興が任された事は、
今思えば、必然の事だったのかもしれません。

 

仏様と人々の縁をつなぐ役目を、寺を通して行うことが可能だったからです。

 

 

公朝氏は、仁王門の解体修理と同時に、
寺の隆盛を念じて、釈迦の弟子である五百羅漢の石像で境内を満たすことを考え付きました。
そして、その石像を掘りたいと思う人を、全国に募りました。
「仏師でなくても、祈る気持ちさえあれば誰にでも仏像は作れる」
との信念を持っておられたのです。

 

今では千二百体になった石仏ですが、
「有名な仏像だけでなく、路傍の仏にも意を留めてほしい。
地元の人が日常拝んでいる大切な仏と、心を通い合わせる信仰の姿を感じ取ってほしい。」
という思いが伝わってきます。

 

 

本堂へ向かう途中に、ふれあい観音堂があります。
この“ふれあい観音“ができたエピソードも素敵です。

 

『目の不自由な女性が国宝の仏像に触れる場面を撮りたい』
というテレビ局の要望が発端でした。
触れる仏像など無い時代です。
テレビ局に泣きつかれた公朝氏は、意を尽くした仁和寺との交渉が成功します。

 

そして、『触っても良い仏像』の製作に繋がっていくのです。
「仏に触れるということは、仏へ愛情を向けるということです。
仏様から愛情を受けるだけでなく、仏様へも愛情を手向けてほしい。」
と、健常者にも観音様に触れてお参りすることを勧めています。。

 

 

本堂には本尊の他に、子育ての守護神“訶梨帝”菩薩も祀られています。
訶梨帝菩薩は、日本では鬼子母神とされる安産と子宝授与の神様です。

 

公朝氏が、知り合いの産婦人科医院に作ってあげたものですが、
その閉院と共に寺に寄贈されました。
医院では、安産を願う妊婦等が、菩薩が抱く赤子の頭をなでたようで、
赤子の頭が光っているそうですが、
この訶梨帝菩薩も、是非、手で触って参拝して欲しいということです。

 

 

公朝氏の最後の作品は、
釈迦の十人の弟子を木彫りした、十人弟子の連作です。
十体揃ったものは、この寺でしか見ることができないそうですので、
是非、堪能してください。

 


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